ライカで”寄り”の撮影を可能とする数少ない選択肢
M型ライカをはじめとするレンジファインダーカメラの構造的な弱点として、現代の基準からすればとにかく最短撮影距離が長いことが挙げられる。レンジファインダーの距離計自体で合わせられる最短距離はだいたい0.7m~1mといったところで、一般的には小物の撮影どころかテーブルフォトもままならない。
どうしてもM型ライカで近接撮影をしたいなら、例えばフィルムライカならDRズミクロンという近接撮影用のレンズを使うとか、デジタルライカなら接写リングまたはクローズアップレンズを使うなどの手があるが、少ないながらMマウントでも使えそうな比較的最短撮影距離が短いレンズも存在する。今回はそんなレンズのひとつ、NikonのNIKKOR – H・C 5cm F2をご紹介しよう。
このレンズはNikonがまだ日本光学工業を名乗っていた1946年に誕生したもので、当時のバルナックライカ用にLマウントで開発されており、3群6枚構成の伝統的なゾナータイプである。生い立ちに関して詳しい話は、Nikonの公式HP「ニッコール千夜一夜物語」に記されているので興味のある方はご覧いただきたい。写りの良さには定評があり、あまりにも良く写るので中身は実はゾナーなのではないかと囁かれていたとか。しかし他の同タイプのレンズと決定的に違っていたのは、レンジファインダーの距離計の最短距離を超えて近接撮影ができるということであった。
どういう構造になっているかと言うと、レンズのピントリングを近接側に回していくと3.5フィート(約1メートル)のところで一旦テンションが掛かり、ファインダーの距離計と連動する最短端であることがわかる。
しかしその後更にピントリングを回すと、距離計には連動しなくなるものの、更なる近接側にピントを合わせることが可能となり、最終的には1.5フィート(約0.45メートル)まで近付くことができる。画角50mmで最短撮影距離0.45mというのは現在の基準で言えば特別短いわけではないが、ここまで寄れれば多くのシーンでかなり「寄り」の撮影が可能となる。
とはいえ前述した通り一般的なレンジファインダーカメラは0.7mより近い距離ではファインダーでピントを合わせることができないため、フィルム時代のライカではたとえこのレンズを使ったとしても、目測でピントを合わせるしかなかったわけだから、便利な仕様である反面実用性には乏しかったかもしれない。デジタル化された現在のM型ライカでも相変わらずファインダー上でピントを合わせることは出来ないが、その代わりライブビュー機能を持つ機種であればモニター上でピントを合わせることが可能となっている。
所有するNikon Z6に装着してみた。Nikon同士でボディとレンズの年齢差が70年くらいある組み合わせとなり感慨深いものはある。現在は近接撮影用のヘリコイドが付いたマウントアダプターが各社から発売されているので、そういったアイテムを使えばどんなレンズでも近接撮影ができてしまうことから、ミラーレスカメラではそこまでありがたみを感じられないが、M型ライカで近接撮影をしたい場合はこのレンズの最短撮影距離の短さが生きてくる。
では実際にどれくらい被写体に寄れるのか、愛猫のエイトで試してみよう。
LEICA M10 Nikon NIKKOR – H・C 5cm F2 1/180 ISO200
こちらはライカM10にNIKKOR – H・C 5cm F2を装着し、ファインダーでエイトを狙ってピントが合う最短距離まで近付いたショット。おそらくレンズの仕様で3.5フィート(約1メートル)と思われる。
LEICA M10 Nikon NIKKOR – H・C 5cm F2 1/180 ISO200
そして更にピントリングを回してレンズの限界まで近付いたショットがこちら。もはやファインダーではピントを合わせられないので、M10をライブビューモードにしてモニター上でピントを確認している。被写体までの距離は1.5フィート(約0.45メートル)付近と思われ、M10でここまで被写体に寄れるレンズは他にはあまりないのでちょっと感動ものだ。
寄れる安心感は大きいが描写はあくまでオールドレンズ
LEICA M10 Nikon NIKKOR – H・C 5cm F2 1/60 ISO800
それではこの組み合わせで撮影した他のショットをご紹介しよう。こちらは東京は新宿区神楽坂にある「AKOMEYA TOKYO in la kagu」店舗。1960年代に建てられた新潮社の書庫をリノベーションしたセレクトショップだが、設計は建築家の隈研吾氏によるもので、2014年のリノベ以来年月が経っても独特のヤレ感がかっこいい。
LEICA M10 Nikon NIKKOR – H・C 5cm F2 1/60 ISO800
70年位前のレンズだが解像感もありしっかりした写りだ。
LEICA M10 Nikon NIKKOR – H・C 5cm F2 1/60 ISO800
背景のボケはゾナータイプ特有の少々ざわついたもので、オールドレンズらしい写りだが嫌な感じではないと思う。M10の写りの傾向としてコントラストが高めなので、オールドレンズっぽさが薄まって逆に相性はいいのかもしれない。
LEICA M10 Nikon NIKKOR – H・C 5cm F2 1/60 ISO800
せっかくなので近接撮影のサンプルと思い別の店でいただいたランチのパスタを撮影した。重ねて言うがM型ライカでこの距離で撮影できるのはこのレンズあってこそのものである。F値開放につきふんわりした写り方だが、ちゃんとピントは来ているのがわかると思う。
LEICA M10 Nikon NIKKOR – H・C 5cm F2 1/60 ISO800
ドルチェのプレートのイチゴにピントを合わせたが、合焦の位置が狭いのでもう少し絞ってもよかったかもしれない。実はライブビューでこの距離のピントを確認するのは結構わかり辛いのだが、それでもそもそも撮影できるのがありがたいではないか。このレンズ1本だけでふらっと出かけても大抵のシーンをカバーできると思うと安心感が違う。M型ライカを持って出かけるということは近接撮影を諦めるということだが、このレンズがあれば諦める必要もなくなる。
NIKKOR – H・C 5cm F2は描写も良くいざという時の近接撮影が可能ということで汎用性も高いので、特にデジタルライカユーザーには注目のレンズだ。ただ良く写るとはいってもシーンによってはやはりズミクロンや他のライカ製レンズで撮りたい場合もあると思うので、レンズの選択肢のひとつということで覚えておいたらいいのではないだろうか。
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